※一部ネタバレとなる描写がありますので、シリーズを全てプレイしてから読まれる事をお勧めします。
――これは、あれから数か月が経った頃のお話。
巡ってきた、2度目の夏。
ジー、ジーとセミがやかましく鳴く声が、壁越しにも聞こえてくる。
俺は学校の廊下を歩きながら、手で夏服の自分自身をあおいでいた。
そしてその隣を歩く女子生徒が、どこか疲れたように息を吐いた。
「……ほんと、長期休み中の登校日だなんて面倒よね」
知智の言葉に返す形で、背後の2人が続ける。
「……ああ。それに年々暑くなる一方だぞこれは」
やはり暑そうに自身をあおぐ理人と。
「ねー。こんな日は思いっきりエアコン効いた部屋でアイス食べたい。ゴリゴリ君とか」
夏バテ気味なのか、どことなくダルそうに口にする識乃。
魅力的な提案だったものの、俺は少しだけ首を傾げた。
「でも、集まれる場所もそうそうないし……」
以前までちょうど良い休憩場所として利用していた病院の談話室にも、知人が誰も入院していない現状では流石に押しかけづらかった。
「そうね……。図書館も行きづらいし、やっぱり部室くらいしかないのかしら」
「ほんじゃりっくん、早速アイス買ってきてー。あたしゴリゴリ君か、カップのかき氷レモン味で」
「あ、じゃあ私はハー〇ンダッツのストロベリーかキャラメルで! アンタはどうする?」
「ええとじゃあ、雪見〇いふくと、もう1つは……」
「……お前らの分は買ってやらんからな」
あれから4か月ほどが経った。
俺たちは2年生になり、やはり探偵部としての活動を続けていた。
しばらくぶりに、部室の扉を引き開ける。
「最後に来たのはいつだったかしら」
言いつつ、知智がエアコンのリモコンに手を伸ばした。
送風口から冷気が吐き出され始めると、狭い室内はすぐに涼しくなっていく。
「さ! 少し休憩したら、今日も元気に探偵活動行きましょ!」
「……こんなに暑いのにか?」
顔をしかめた理人が、屋外に面した窓を引き開ける。
途端、吹き込んできたモワッとした熱気が知智の顔を直撃した。
「……やっぱりやめようかしら」
「とは言うものの、こう暑くちゃ帰るにも帰れないし……」
言いつつ俺は、窓越しに屋外に視線を向ける。
ちょうど午後の最も暑い時間帯。そんな猛暑の中を歩くのは流石に気が引けた。
「え、ええと、じゃあとりあえずアイス食べてから考えましょ!」
「りっくーん」
「……待て、せめてじゃんけんだ」
面倒そうに口にする理人に、知智が息を吐いた。
「しょうがないわね……いくわよ。最初はグー、じゃんけん……」
……。
チョキを出した俺に対し、他3人全員が握りこぶしを作っていた。
「んじゃ、ジミーくんよろしく」
一瞬の間を置き、全員の希望の品をメモした紙を識乃が俺に押し付けてくる。
「あ、ああ」
お金足りるかなぁなどと思いながら、自身の財布を取り出して中身を確認する。
と。
「あ、落としたわよ」
しゃがみこんだ知智が、財布から滑り落ちたらしき俺の学生証を拾い上げる。
「あれ、ありがとう」
「もう、大切にしなさいよね。出先で落としたら大変な事に……って、えっ、ええ!?」
学生証を覗き込みながら、唐突に素っ頓狂な声を上げる。
「あ、アンタってばまさか……」
「んー、ジミーくんは男よ? 女の子だと思ってたん?」
「ええと、俺の名前を古河哲じゃなくて、実は古河(こが)哲(さとる)だと思ってたとか……?」
「どうした。こいつは実はイギリスとのハーフだったのか。古河・J(ジミー)・哲とか」
「どれも違うわよ!」
声を震わせながら、学生証のある箇所に人差し指を突き付ける。
そしてその場所を一斉に覗き込む、俺以外の3人。
「……ほう、なるほどな」
合点がいったとでも言うかのように理人が目を閉じ、腕を組んだ。
「え、何が?」
知智は俺の疑問には答えず、他2人の服を引っ張り部屋の奥に身を寄せた。
「……全然知らなかった……予想外だったわ。急いで用意しなきゃ」
「んー、何がいいかねぇ。ネコ殿捕獲してきて1日中なでなでさせてあげる権利とか?」
「いえ、それよりもきっと新品の探偵手帳の方がいいはずよ。だって私は嬉しいもの」
「りっくんはどうなん?」
「何だろうな。ただ、知智の案が間違っているであろう事は分かるぞ」
……。
ひとしきりの相談らしき事を終えた3人は、一様に俺を見つめた。
「な、なに?」
それから知智を先頭に、連れ立って部室を出ていこうとする。
「アンタはしばらく学校に残ってて。絶対に帰っちゃ駄目だからね!」
「え、アイスは……?」
そして、その場に取り残される俺。
一体何なのだろうと思いながらも、独り校舎内をうろつく。
登校日の放課後という事もあり多少の人影はあったものの、それも段々と減っていく。
あてどもなくただ歩いていると、最初に目についたのは。
「先日、休日出勤していた私はかき氷を食べたいと思い立ち、生徒会室から拝借したかき氷機を使ったのだ。氷は冷凍庫にあったものを持ってきてな」
自慢げに話しながら歩く瓜宮先生の背後には、生徒会の例の彼女の姿が。
「あら、それは確か、3月の部活取り潰しの時に没収したものだったでしょうか?」
「ちなみにシロップはペンタン酸ペンチル……よくあるフルーツフレーバーの原料に少し手を加えた、パイナップル味だ。……そこまではいい」
そこで先生は、背後の砂賀を振り返った。
「だがな、私はそれだけでは物足りないと思い、別途カルメ焼きと熱量の友とコーヒーも用意しようとしたのだ」
言いながら取り出した、熱量の友の黄色いパッケージを振る。
「だがそのコーヒーを淹れる過程で、不幸にも備品の電気ポッドを破壊してしまってな。何かをうっかり壊したのは今年に入って150回目くらいだが、どうせ百の位で四捨五入すれば0なのだ。だが心が狭い教頭は、それについて問いただすとグダグダぬかしたのだ」
「フフッ、だから先ほど先生が探されていたのですね?」
「全く。そんな事をしても、故人もとい故ポッドは喜ばんぞ。復讐は何も生まないのだ」
「でもご安心ください。その件は先ほどわたくしがしっかりと弁護しておきましたよ? 瓜宮先生は、きっと運が悪く誤って破損してしまったのだと」
何やら面白そうにケラケラ笑いながら、ピッと人指し指を立てる砂賀。
「そして当然、ちゃんと正義が勝ちましたよ?」
「正義が勝っただと!? ええい、何をのんびりしている! 今すぐ追加で抗弁の用意をするのだ!」
そんな光景を横目で見ながら、暑苦しい夏の校舎を歩く。
「あちゅい……」
炎天下の大通りを歩きながら、前傾の姿勢で両腕をだらんと垂らした知智が吐き出した。
「……だから言ったろう。何も考えずに飛び出してきたのか」
「仕方ないでしょ。あそこで考え込んでると気づかれそうだったし……。それで、どこで買おうかしら。葉弦、どこかいいところ知らない?」
「んー、そういうのはあたしの管轄外なんだよねぇ。チェーン店とかデパートとかの売り場くらいしか知らんぜよ?」
言いつつ立ち止まり、ちょうど目の前にそびえ立つデパートを見上げる。
「最悪ここで買うけど……高いし気持ちがこもってない気がするのよね。どうしようかしら」
知智が大きくため息をついたその時、そばに1台のパトカーが停車した。
「……あっつ。何なのこれ。太陽仕事しすぎだろ。もうちょっとサボっても罰は当たらんよ……っと」
「そうだね。熱中症で倒れないように体調管理はしっかりと……おや」
ぶつくさ言いながら降りてきた2人組は、知智たち3人に視線を留めた。
「やぁ、探偵さんたちじゃないか!」
「あ、こんにちは! 今日もお仕事ですか?」
知智が、そのうちの片方の刑事、築地にお辞儀をした。
「うん、ちょっと近くでガス爆発みたいな事故があってね。その対応をしてきたところだよ」
途端、もう1人の刑事、魚津が顔をしかめた。
「……なに、君たちが来たって事はまた殺人事件起きるの? ……ってか1人足りなくない?」
ふとその時、築地のポケットから携帯の着信音が響いた。
彼は「ちょっと待っててね」とでも言いたげに片手をあげると、車内に引っ込んでしまった。
「……はぁ。これ以上忙しくなるの勘弁してほしいんだけど。ていうか中で話そう。こんな炎天下で突っ立ってると絶対ぶっ倒れる」
懐から取り出したタバコに火を付けながら、デパートの入口の扉を押し開ける。
入口の案内には店内では禁煙だと書いてあった気もしたが、相手は気にした様子を見せなかった。
4人で中に入ると、途端涼しい風が全身を包み込んだ。
「さて、話、話……君たちにウケそうな話って何かあったっけ。……ああ、この前の休みにクソバカ1号の裁判傍聴しに行った時の話聞く?」
途端、識乃の手を掴んだ理人が背を向けた。
「……ちょうどいい。地下の売り場をダメ元で見てくるか。行くぞ、葉弦」
「あいさー」
そして、エスカレーターで下の階に向かっていってしまう2人。
「……あ、何、もしかしてこれNGだった? 来栖の教唆が考慮されて、極刑はワンチャン回避されるかも、って話だったんだけど」
そして口元に手を当てたまま、唯一残った知智を向く。
「……じゃ、雑談の話題変更。……前も話したけど、退職したゲンさんの後任はアイツって事になってるわけ」
その視線が窓越しに、車内で携帯電話を耳に当てる築地を捉えた。
「で、その補助を本来はクソバカ2号が担当するはずだったんだけど……結末は知っての通り。だから俺が絶賛尻拭い中」
「……なるほど」
「そういうわけで俺、本来の任地とこっちを定期的に往復してるのね」
深く吸い込んだ煙と共に、そう吐き出した。
「この状況は少なくとも半年間、要するに今年の10月までは続きそう。……マジで殺すぞクソバカ2号」
「は、はぁ……」
曖昧に返答を返す知智に、相手が続ける。
「ああ、クソバカと言えば。1号との思い出でも語ってやるか」
「……?」
「警察学校卒業間際の実習だか何だったか……ともかく彩院の事件の少し前にさ。ゲンさんの指導下で、実際の事件現場に皆で行った事があったわけよ。空き巣とかの軽いヤツ」
どこか遠い過去を思い出すかのように天井を見上げ、煙を吐き出した。
「んでその直前、俺は1号とケンカしててさ。いやそれ自体はいつもの事なんだけど」
ふと窓越しに見える景色の中では、ちょうど電話を終えた築地がパトカーを降りるところだった。
「あの時は腹立ったから、犯罪者よりも犯罪者みたいだ、犯罪者の香りがする、とか適当言って手錠かけたら、2号が突然すっ転んで鍵を部屋の物陰に放り投げて見つからなくなってさ。ゲンさんにめっちゃ怒られたんだったわ」
「な、なるほど……。以前どこかで聞いたような……」
その時、扉を押し開けてもう1人が入ってきた。
「あ、こんなところにいたんだね。お待たせ」
そしてちょうど、エスカレーターを上がって識乃と理人も戻ってくる。
どうやら収穫は何も無いようだった。
「……ああ、で、俺ばっかりしゃべってたけど、君たちの用事は何だっけ」
懐から取り出した携帯灰皿に、くわえていたタバコを押し込む。
「あの、1つお聞きしたい事がありまして」
「……現状、君たちが好きそうな事件は起きてないけど。……起きてないけど、起きてないから、余計な寄り道しないで帰ってほしいんだけど。また誰か死ぬから」
言いつつ、覆面の強盗でも押し入ってくると思ったのかチラチラと入口へと視線を向ける。
「いえ、今日はそうではなく。実は……」
「はぁ……暇だなぁ」
知智たちにこのまま待っていてと言われたものの、あとどのくらい待機すればいいのだろうと考えながら、俺の足は自然に部室棟に向いていた。
月見はいるだろうかと、文芸部の扉をノックする。
間髪入れず顔を出したのは、月見ではなく部長さんだった。
「おう、よく来たな!」
Tシャツ姿に白いハチマキを付けた、私服の部長さんが楽しそうに片手をあげる。
「とりあえず、入れ入れ!」
「あれ、卒業したはずじゃ……」
そう言えば、春夏の授業期間中もかなりの頻度で見かけていたような気もする。
「今日は単に遊びに来てるだけだっつの! 夏休みの大学生はクソ暇だからな!」
言いつつ、山積みになった小冊子を指した。
「新入部員のために、書き方のイロハをまとめておこうと思ってな!」
「……私が卒業した後も理由を付けて居座っていそうな予感がしますが。永久に」
その言葉に視線を横に向けると、『真・生徒会長』と書かれた腕章を付けた、顔見知りの中学生……じゃなかった、高校1年生が面倒そうに息を吐いていた。
そしてここに来た目的を思い出し、眼前の相手に聞いてみる。
「あ、ええと、月見は?」
「少しばかり席を外していましてね。すぐに戻ってくると思いますよ」
彼女がさほど興味なさそうにそう返したその時、背後の扉が開いた。
「やあ。来ていたんだね」
そこにいたのは、清涼飲料水のペットボトルを数本ほど抱えた月見本人だった。
それを欠片と部長さんの席の前に置いてから、俺の視線に気づいてうっすら微笑んだ。
「いつもは部長に買いに行かせるのだけれども、たまには、ってね」
手を払っている彼女を見つめていると、ふと思い出した事があった。
「ところでさ、実は……」
……。
先ほどの知智たちの様子に何か心当たりがないかを、どこか既視感と共に聞いてみる。
「フフ……また僕に相談、かな」
「……分かったぜ。きっと皆お前に盛大なドッキリを企んでいるに違いねぇ。なにせ覚えがあるからな」
話を横で聞いていた部長さんが、げんなりした顔で何かを思い出すかのように宙を見上げた。
「ああ、それは去年の頭の事だった。ある日、宝くじに当選したから手数料のクリームパン3個を払えっていう電話がかかってきたもんで、俺は小躍りして買いに走ってよ。そしたらそこのそいつが、それはウソだから犯罪防止のために全部預かると……」
「そんな事よりも。そこの地味先輩の話の方が面白そうなので少し考えてみましょう」
「そうだね。とりあえず、君の学生証を見せてもらえるかな」
言われるまま正直に学生証を取り出し、眼前の月見に手渡した。
「……なるほどね」
受け取った相手はどこか驚いたような色を浮かべ、すぐに戻す。
他の2人も同時に覗き込み、共に合点がいったようだった。
「え、何か分かったの?」
「そりゃお前、今日8月9日はもちろん……むごご」
途端、キャップを外したペットボトルのうちの1本を、1年生が部長さんの口に押し込んだ。
「何にせよ、これは僕が言及するものではないさ。……知智たちは今何をしているのかな」
そう言って、学生証を俺に返した。
「ええと、1時間くらい前に外に出ていったけど……何かを買いに行くとかどうとか?」
「なるほど。ならば、僕からも渡しておくものがあるんだ」
それから彼女は、奥の本棚に並んでいた辞書のような分厚い本を引き抜いて席に座った。
そしてとあるページを目で追いつつ、綺麗な柄のメモ用紙に何かをさらさらと書きつけた。
「さ、これを知智に渡してもらえれば分かるはずさ」
その1枚の紙を、机の引き出しから取り出した封筒へとそっと差し込み、シールで封をしてから俺に手渡す。
「フフ……まだ見ては駄目だよ」
念を押すかのように人差し指を口元に当てた彼女は、いたずらっぽく微笑んだ。
「よし、これで準備は一通り終わったな」
「ちゃんと築地さん一押しの個人店で注文もしたし、小道具も用意したし。抜けはないわよね」
「んー……さってと、あとは何するかねぇ」
「掃除でもしましょ。ところで葉弦、例の件は……」
「もちろんばっちし。さっきちゃんと話付けといたから、だいじょぶだいじょぶ」
「となると、だ。あとは哲を呼びに行くだけ……」
そんな声が聞こえてくる探偵部室の扉を引き開けると、3人分の視線が一斉に俺を向いた。
「あれ、戻ってきてたんだ」
途端、ビクッとした知智が紙袋のようなものを後ろ手に隠した。
「え、ええ。ちゃんと用事も終わったもの」
「ところで、どこに行ってたので?」
「え、ええと、実は今日は新作スイーツの発売日で、3人で駅前のお店に並んで……」
「あれ、俺抜きで? それにその割にはやけに時間かかってたような……?」
「じゃ、じゃなくて! 今日は駅前でメガネの小学生探偵のサイン会が開かれていて、そこでバスがガス爆発して、もう大変で……」
何やら早口言葉のような事を言いつつ、慌てて手を振る知智。
「ふーん……。じゃあさ、新品の探偵手帳がどうの、って言ってたのは?」
「そ、そうね! 毎日論理パズルを書き溜めているとどんどん使い切っちゃって! 新しく買わなくちゃって思ったの。どうせなら1つやっていかない?」
途端、目を輝かせて何かを暗唱し始める。
「……第1287問、2人の男がとある競争をしていました。男たちはそれぞれが馬に乗っており、ルールは相手の馬より遅くゴールにたどり着いた方が勝ちというものでした。ですが長時間にも渡るチキンレースの結果、2人は疲れ果ててしまっていました。そして離れた場所からその様子をずっと観戦していた、別の男性がいました」
「え、ええと」
「眠気に襲われた彼がふと目を離し、また戻したその時、2人の男たちはゴールめがけて全速力で馬を走らせていました。さて、一体何が……」
彼女がそこまで口にした、その時。
コンコン、と出入り口の扉がノックされた。
「あ、はーい」
近くにいた俺が振り向くと、数時間前も見かけた人物が顔を覗かせた。
「失礼いたします。皆さん、いらっしゃいますね?」
去年から変わらず生徒会書記を続投している砂賀が、ケラケラと笑いながら立っていた。
「ええと、何の用で?」
「……実はですね、皆さんに臨時でお願いしたい事がありましてね?」
「……何かしら?」
部屋の奥にいた知智が1歩進み出ると、相手の笑みがより一層強まった気がした。
「ここ最近、夜な夜な校内に落ち武者の霊が出るというウワサが密かに広まっていましてね? なんでも毎晩落ち武者同士で集まって、生首を蹴りあってサッカーを楽しんでいるとか」
「……」
「それでですね、そのウワサが本当かどうか確かめてきていただけませんでしょうか? 実績のある、探偵部の皆さんに」
非常に嫌な既視感と共に背後を振り向くと、知智は目を輝かせ、識乃と理人はどこか面白そうに笑みを浮かべていた。
「いいわね! 引き受けさせてもらうわ!」
「あれ、なんで!?」
非科学的だ! と叫ぼうとして、脳内に浮かんだ世にも恐ろしい光景に言葉が詰まった。
へいパース、とでも言いたげに片手を振る落ち武者。
落ち武者ディフェンスの間を駆け抜け、ゴールに生首シュートを叩き込むエースの落ち武者。
それを応援する、チアガールの格好をした落ち武者たち。手にはポンポンの代わりに生首。
「いいじゃない! こう暑いんだし、納涼肝試し! って感じで!」
「嫌だああああああ」
肝試し。その単語だけで、持病の仮病が悪化して血を吐き出そうだった。
「そうそう。落ち武者が目撃されている場所は、決まってこの辺りでしてね?」
「この辺りって……この部室付近?」
何だろう。部室の床の下に死体でも埋まっているのだろうか。
「では、よろしくお願いいたしますね?」
それだけ言うと、問答無用だとばかりに扉はバタンと閉じられた。
「……」
「さ、もう少しだけ時間をつぶして、暗くなった頃にまた集まりましょ!」
どこか楽しそうにこぶしを振り上げる彼女に、残りの2人もうなずいた。
――それから2時間後の事。
すっかり陽も落ち切った頃合い。
俺たちは懐中電灯を手に、真っ暗な校舎内を歩いていた。
「なんか、昔を思い出すわよね。ほら、1年生の春の頃よ」
「……」
青ざめた俺は、知智の言葉に返答をする余裕などなかった。
「しっかりしなさいよ。男でしょ?」
「そうだそうだ!」
「……おい、そこでどうして俺の袖を掴む」
「夜の学校って、やっぱワクワクしちゃうよねぇ」
そして俺と知智の後ろに続く、識乃と理人。
「んーっと、落ち武者がよく目撃されてるのって、うちの部室近くだっけ?」
「……」
ちょうど差し掛かった、探偵部室がある廊下の暗がりを識乃が指す。
これは月見から除霊のお札でも借りてきた方が良かっただろうかと、俺が本気で後悔していると。
「あら? 何か物音がしない?」
唐突に立ち止まった知智が耳を澄ますが、俺には何も聞こえない。
「んー、なんかボールの音が聞こえる? 居残って練習してる、って感じ?」
「ああ。卓球でもしているんだろう。ピンポン玉の……痛っ、そうだ、サッカーだったな」
ふと知智が理人の足を踏んだ気がしたが、それどころではない俺にはよく見えなかった。
「ひ、ひぃっ」
頭を抱えてその場にうずくまると、知智が部室を指した。
「そうね。先見てくるから、アンタはここで少し待ってて」
その言葉を合図にしたかのように、部室へと向けて歩き出す3人。
「お、置いていかないでっ!」
無情にもその言葉は無視され、知智たちは暗がりの中へと消えていってしまった。
そして3人が部室の中に入り、バタン、と扉が閉じられて。
それきり、何も聞こえなくなった。
「あれ……?」
静寂と暗闇に包まれ、夜の廊下に独り立ち尽くす俺。
「まさか、落ち武者にサッカーに誘われている……?」
ユニフォームを着てサッカーに興じる知智と理人と落ち武者、そしてチアガールの格好でポンポンを振り上げる識乃という光景が脳裏に浮かんだが、頭を振ってかき消す。
「お、俺が助けないと……っ!」
奥は何も見えない暗がりを、手にした懐中電灯を頼りに1歩ずつ進んでいく。
そして、ようやく部室のドアノブを手にかけた。
「……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……!」
お経を唱えながら、勇気を出して扉を引き開けて飛び込む。
途端、身体をひんやりとした冷気が包み込んだ。
「せーの、」
パンパンッ!
明かりが点き、クラッカーの音とカラフルなテープが降り注いだ。
眼前のテーブルの上にはケーキや和菓子類が置かれ、パーティ用のとんがり帽子を付けた3人がクラッカーの紐を引いたところだった。
少し肌寒い、いや涼しいなと思って頭上を見上げると、エアコンが稼働していた。
数秒置いて、恐る恐る知智に問いかけてみる。
「……あれ、落ち武者の呪いは?」
「……アンタ、あれ本気で信じてたの……?」
どこか呆れたように、しかし優しげに笑う知智。
「で、でも、生徒会の人から依頼が来たのは……?」
「ああ。夜の部室に来る口実作りをするのにちょうどいい奴が近くにいたから、事前に打ち合わせて一芝居打ってもらっただけだ」
「本当は落ち武者じゃなくてしゃべるネコ殿の謎、ってしようと思ったんだけど、本人ならぬ本にゃん、見つからなかったんだよねぇ。見つけたら一緒にお祝いしてもらおうと思ったのに」
よく分からない事を言いつつ、テーブルの上から茶まんじゅうを1つ掴み取って自身の口の中に放り込んだ。
「……良かった。落ち武者の呪いなんて無かったんだ……」
「馬鹿馬鹿しい。幽霊もしゃべるネコもいるわけないだろう」
「んもー、ちゃんといるのよネコ殿。最近人間に化けてる事が多いけど」
安心して大きく息を吐いた俺は、ふと改めて周囲を見回した。
「ところでさ、これって何のパーティ?」
「……アンタ、もしかして本気で気付いてないの……?」
「ええと、今日は登校日だったから、それが無事に終わって良かった事の打ち上げ……?」
「……。貸しなさい、アンタの学生証」
半眼の知智が手を差し出したので、俺は懐から財布を取り出しかけて。
「そういえば、さっき月見にも学生証を見せたらこれを渡されたんだった」
先ほど渡された封筒を知智の手に載せた。
「……なるほどね」
彼女が封を開けると、そこから1枚のメモ用紙が滑り出る。
他2人も覗き込むその紙を、知智が読み上げる。
「占いによると、8月9日生まれの人の性格は『人の幸福を心から望む』『友人に恵まれる』『内なる声に従えば道を誤ることはない』……ですって」
「……あ」
そこで俺はようやく気付いた。
今日、8月9日の意味に。
そして背後に置かれていたケーキを持ち上げた知智が、1歩前に進み出た。
「……哲。17歳の誕生日、おめでとう!」